大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)1956号 判決

被告人 伊藤佐太郎

〔抄 録〕

一、論旨第一点について。

なるほど源泉徴収義務を履行するため、徴税上の技術を必要としなくても、或る程度事務分量が増加することは自明であり、徴収義務者に経済的な負担を科することは絶無であるとはいえない。しかしかかる事務分量の増加や金銭上の損失の如きも、徴収義務者とその相手方即ち所得の支払を受ける者との密接な関係を考慮するとき、徴収義務者としてその負担に堪え得ない程度のものとは認められない。又、源泉徴収義務者は源泉徴収によつて相手方の納税義務履行に協力しているのであり、徴税事務が反射的に簡易になつていることは、とりも直さず、公共の福祉であり、所論の金銭上の損失は、徴収義務者として当然受忍すべき程度のものというべく、所得税法が何等の補償もなしに源泉徴収義務を科することにより財産上の損害を蒙らしめていても憲法第二十九条違反であるとすることはできない。論旨は源泉徴収義務者に対し損失補償を為すべきことの根拠として、昭和二十二年の改正前の所得税法施行規則第九十六条第九十七条及び地方税法第二十一条を挙げるのであるが、昭和二十二年改正前の旧所得税は現行所得税法とは異り、賦課徴収主義に立脚したものであり、これを論拠とする所論は採用できないし、又地方自治法第二十一条は地方自治体相互間に於ける租税徴収事務の委任に関するもので、源泉徴収義務者に対し補償すべきものとする理由にはならない。

所論は源泉徴収が憲法第二十九条に違反する旨主張する外同法第十三条第十四条第一項の違反をも主張する。しかし源泉徴収は納税義務者の義務履行について協力するもので公共の福祉に反することがないことは既に説明のとおりであり、国民の人格を無視し、その自由を不法に侵害するものではないから、憲法第十三条に違反するものではないし、源泉徴収義務に違反した者は平等に処罰又は所論の不利益を受けるものであつて、その間何等不平等の取扱をするものでないのみならず、かかる源泉徴収義務違反に対する制裁を設けることは憲法が定めた納税義務の崇高な使命達成に有効であり、租税収入を確保するため必要な措置であつて合理的根拠を有すること明白であるから、源泉徴収義務を科することが憲法第十四条に違反するとはいえない。

なお論旨は源泉徴収は徴収義務者をしてその意に反する苦役に服させるものであり、憲法第十八条に違反するというが、強制的労働がすべて同条の苦役に該当するとは認められない。源泉徴収は納税義務者と密接な関係にある所得の支払者に対し、少くとも徴収事務分量だけは事務が増加することは明らかで法律によつてかかる規定を設けることは正しく強制的労務を伴うものではあるが、その事務内容は憲法のその意に反する苦役とはいえないから、憲法第十八条に違反するものでもない。

それ故憲法違反を主張する論旨はすべて理由がない。

二、同第二点について。

所論は本件について所得税法第六十九条の三を適用すべきでなく同法第七十条第三号を適用すべきであると主張する。

なるほど被告人が代表取締役として業務一切を統轄している原審被告会社が、その従業員である綱兼次郎等から所定の所得税を徴収しなかつたことは原判示事実にも明示してあり、この点所得税法第七十条第三号の適用が考慮されるのであるが、同条但書には「第三号の規定に該当する者が、当該所得税について第六十九条の三の規定に該当するに至つたときは、同条の例による」ものとされているのである。従つて源泉徴収により徴収すべき所得税を徴収しないで、しかもその納付もしなかつた場合には徴収して納付すべき所得税を納付しなかつたものとして同法第六十九条の三に該当するが、それは所得税法第七十条但書の規定が存するからであり、同条但書なしでも同法第六十九条の三が当然に適用されるわけではない。然るに原判決は所得税法第七十条第三号並びに同条但書を適用しないで本件については同法第六十九条の三の適用ありとしているのは法律適用に誤があるといわなければならない。しかし同法第七十条但書を適用するとしても、本件については結局同法第六十九条の三を以て律せられるのであるから、前記誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるとはいえず、論旨は理由がない。

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